L+D

Live + Driveの、ちょっとした読み物。

僕の居る場所

 宇宙はいい。
 広くて、暗くて、自由で、孤独だ。
 その全てが好きだ。
 愛しているといってもいい。
 広さは孤独を感じさせてくれるし、暗さは孤独を許してくれる。
 自由は孤独だから得られるものであるし、孤独は心を守ってくれる。
 宇宙にいる時は、いつも心が穏やかだ。
 それが、とても心地良い。
 
 体をスッポリと包み込む柔らかな椅子に、深々と身を沈めて、窓の外に広がる宇宙に見とれていた。
 僕が今いるのは、宇宙のまっただ中。
 愛機の超小型高速艇ヴィヴィアンの先端付近にある操縦席には、210度周囲が見渡せる大きなはめ込み式の窓が備えられている。
 その場所から広大な宇宙を見ていると、身一つで宇宙の真ん中に放り投げられたような錯覚を得ることができる。
 孤独で、不安で、少し寂しい。
 以前、同じようなコクピットから外を眺めた船乗りの言葉によると、そういうものらしい。
 けれど、僕にとってはとても居心地が良く、心安らぐ光景であり場所だった。
 どうしてそう思うのかは、知らない。
 けれど、誰にだって知らないことの一つや二つあるはずで、知っていることのほうが案外少なかったりするものだ。
 僕は瞬き一つすると、手足がつり上げられるような、その反対に、深く沈んでいくような感覚に身を委ねて、深く息を吐き出した。
 今日はこのまま眠ってしまおうか、そんなことを思った。

 ちょっと広めのワンルームほどのスペースが、僕が毎日寝起き、生活、仕事、趣味、運動をこなす場所だ。
 広い広い宇宙に比べたら、塵芥程度のその空間が、僕にとっての城で全て。
 超小型高速艇ヴィヴィアンは、美しい真珠色のボディを煌めかせ、ただいま絶賛飛行中。
 配達業を生業としている僕の商売道具はこのヴィヴィアンと、船体と同じく真珠色の頭髪とスーツを着こなしているシンカロンのユイ。
 シンカロンというのは、いわゆるロボットと呼ばれていたものの進化形で、ロボットという言葉の響きに含まれるマイナスなイメージを払拭する目的もあって、人形の妖艶さや優美さを兼ね備えた高性能な独立独歩型AIのことを主に指す。
 今では性能はもとより、その外見の美しさで価値が変わると言われている「使えるヴィスクドール」でもある。
 作家によって人気が分かれていて、ユイは、そのシンカロン造形師としても名高いジルクローレの手による完全オリジナルの上に、最新の技術や開発中の技術をふんだんに盛り込んだ豪華特別仕様になっている。
 ユイ一体あたりの値段は、ヴィヴィアンクラスの船と同等かそれ以上になるという恐ろしい一品だ。
 最新型の船とシンカロンのオーナーが、まだ二十歳にもなっていない若造だなんて、きっと誰も信じない。
 そんな超豪華仕様の高級品を、駆け出しの配達業の僕が有しているのには理由がある。
 その理由があるからこそ、こうして若い身空で超長距離配達業に従事できるのであり、コネクションが出来上がるには若すぎる年齢であるにもかかわらず、食っていけるだけの武器となっている。
 とはいえ、僕にとっては単なる趣味の延長で、とても人には胸を張って言えるものではないと思っているのだけれど。
 それでも武器は武器として、しっかり利用するだけのしたたかさはもっている、つもり。

 うたた寝から目覚めると、そのタイミングを計ったように、ユイがティーセットを用意して傍に立っていた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
 軽く伸びをしてから、両手で顔を揉む。
 良かった、今日は涎を垂らしていない。
「どれぐらい眠ってた?」
「2時間48分37秒ほど」
「うーん、大体3時間か。結構短かったね」
 イメージした通りに動く椅子に身を任せて、僕はもう一度思いっきり伸びをした。
「その割には快調。すっきりした」
 寝起きに、どこにも疲れも痺れも無いのは理想的。
 思わず知らず口ずさんだ曲はなんだっけ、と思いを巡らす。
「どうぞ」
「ん、どうも」
 上の空で受け取ったティーカップを口につけ、想像していなかった口当たりに、飲み込むも吐き出すも出来ずに動きを止める。
 ああ、そうだ、この曲は、メロディはすこぶる陽気だけど、歌詞がかなり暗かったな。
 無理矢理飲み込んで、口から細く息を吸い込むと、すっとしたメントールの清涼感が厚かましいぐらいに襲いかかってきた。
「ユイ、この飲み物は?」
「ブモティ星の特産の『ルタイエ・ティ』だそうだ」
「ああ、どうりでこの鬱陶しいぐらいの清涼感」
 メントール系の飲み物というのは、ホットで飲むとより清涼感が増して、気分転換になるというレベルを簡単に超えていく。
 鬱陶しくて、厚かましくて、暴力的で凶悪な飲み物になってしまう。
「ユイ、この味はあまり好きじゃない」
「記憶した」
「記憶しておいて」
 一口だけでカップを戻し、やけにソウソウして主張してくる気管を意識しながら、再び窓の外を眺めた。
 どこまでも広がる宇宙は、これといった変化を見せず、静かに、圧倒的な存在感を持ってそこにある。
 それを確かめると、いつも肩の力が抜けるのを感じる。
 ここは、僕のいるべき場所なんだな、と、心のどこかが緩むのがわかる。
「ずっとこのまま、飛んでいられればいいのに」
「それは不可能だ」
 生真面目な返事をされて、僕はなんだかおかしな気分になった。
 まったく、耳のいい彼らは独り言も許してくれないのか。
 融通が利かないって、こういうことを言うのかしらん。
「ユイは、地上が好きなの?」
「好き、ではない」
「じゃぁ、嫌い?」
「嫌い、ではない」
「ふぅん。どうでもいいんだね」
「シャンドーがいるなら、場所は関係無い」
 澱み無く、一瞬の躊躇も無く、そういう恥ずかしいことを言う。
 シンカロンにとって、マスターは絶対だなんてことは百も承知だけど、面と向かって、真面目な声色で言われると、やはり落ち着かない気持ちになる。
 そういう、素直で正直で嘘偽り無い言葉を、人はどこで忘れてくるんだろうか。
 人を慈しむ言葉より、傷つける言葉に長けていくのは、何故なんだろうか。
「どうかしたのか?」
「なんでもないよ」
 こういう時に、じっと見つめてくるユイはずるいと思う。
 何か隠しているんだろうと、勘ぐられているんじゃないかと思って、いたたまれない気分になる。
 まぁ、そういう気分になるのも、そういう風に思うのも、きっと100%、僕の勝手な思い込みで、ユイは何も考えてはいないんだろうけど。
 人というのは、こうやって、何もわかっていないのに、わかった振りをする。
 山のような誤解を、そこで背負い込むことだって、薄々は気づいているのにも関わらず、だ。
「シャンドーは、地上が嫌いなのか?」
 ユイの問い。
 僕は、少しだけ考えて、左右に一度だけ首を振る。
「僕もユイがいれば、どこでもいいや」
 真っ直ぐな好意を恥ずかしいと思うことが、恥ずかしいことなのかもしれない。
 僕の言葉に、ユイが少し笑った気がした。